航空・新幹線時代と夜行列車

2011.11.27

「昭和」が半世紀に及ぶ激動の歴史を刻んで50年代に入った前後は、鉄道にも明暗様々の出来事があった。日本の鉄道が記念すべき創業100年を迎えた3年後の1975年(昭50)には、戦後早くから国鉄が意欲的に進めてきた動力近代化が達成されて全国から蒸気機関車が消え、明治の昔から多くの人々に親しまれてきた汽車は郷愁の彼方へと去り、夜の旅からも夜汽車の詩情が薄れて、語感にもなんとなく実用的なイメージが強い夜行列車の時代が始まった。

[参考サイト]
神戸市 ホテル
http://www.jalan.net/hotel/280000/NO_101463/

鳥取グリーンホテルモーリス
http://www.jalan.net/yad352298/

金沢市 ホテル
http://www.jalan.net/hotel/190000/NO_102274/

奈良 ホテル
http://www.jalan.net/hotel/290000/

いなとり荘
http://www.jalan.net/yad346795/

そのころテレビでドキュメンタリー「青い流れ星!ブルートレイン富士」が放映され、鉄道ファンや汽車旅ファンの心をおどらせたが、それが去りゆくブルートレインの旅の良き時代に捧げる鎮魂の挽歌になったようだ。1975年の春、山陽新幹線が博多まで延び、かつて1昼夜もかかっていた東京〜博多間は7時間たらずで結ばれるようになった。この時点では関西〜九州間の寝台特急列車の運行体制に大きな変化はなかったが、新幹線がスピードアップして所要時間が短縮され、長距離客の空の旅への転移が増えるにつれて夜行客は目立って減少し、ガラあきで走る列車が増加してきた。新幹線博多開業の直後、東京〜博多聞に新幹線夜行電車を走らせることが検討され寝台のモックアップ(実物大の模型)も試作されたが、需要予測や夜間の騒音公害問題などの壁に遮られて、いつか立ち消えになってしまった。





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